酒を止めたいと思ったら最初にする事

依存症関連

今回はおめんがどうやって飲んでは病み、病んでは飲みの地獄のループから抜け出したのかを書こうと思います。 

前回も書きましたが、ループから抜ける方法は治療を受ける(酒を止める)ことです。 

今回の内容はおめんが病院へ入院した時の話と、病院で何をして過ごしたかです。 

あくまでも入院自体はおめんが実行したことです。治療そのものは入院以外でもありますので、参考程度におめんの体験談を読んでいただければ幸いです。 

▼治療を受ける大切さについて 詳しくはコチラ

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入院までの経緯 

おめんの治療はまず、病院で酒を抜くことから始まりました。できることなら自分で止めたかったです。 

明日からなら何とか止まる!と本気で毎日思ってました。だからその日はもちろん飲みます。するとどうでしょう。昨日とまったく同じ日が始まります! 

まるでタイムリープ!しかし、頭ん中のみタイムリープなので、世間の時間はどんどん過ぎ、肝臓のダメージのみ蓄積されます。 

そしてもちろん明日からなら何とか止まる!と思って、その日も終わります。 

もう、ホント自分では何ともなりませんでした。 

しかし、そんな時救いの手を差し伸べてくれた人がいました。 

そうです!親です。親が実家から550㎞くらいかけて来て、空き缶の山からおめんを発掘してくれました! 

なんか前回「勇気を出して治療した」みたいな、そんなニュアンスなこと色々書いたけど、おめんが最初に病院に繋がったのは親に首根っこ引っ掴まれてでした…おめんなんてそんなもんです。 

さらに、おかん仮面がその後4回もおめんの首根っこ掴んで病院に行った話はまた別のお話です… 

とにかくおめんは入院して強制的に酒から離れるしかありませんでした。 

入院初期 

おめんが最初に入院した病院は、比較的緩く、煙草も夜7時まで自由に吸えました。しかし最初はそれどころじゃありません。酒の禁断症状離脱症状と言います)が苦しくて苦しくて、何日も身動きが取れませんでした。 

とは言え、病院では離脱症状を抑える薬も処方してくれます。効き目は気持ち程度でしたが、気持ち程度でもあるのと無いのでは全然違いました。 

ご飯もお粥から始めて、食べられるだけ食べて夜は薬を飲んで寝る。ちょっとずつ生活リズムを整えていきました。 

お酒を飲んでた末期は、カーテンを締め切った部屋で意識がある時はひたすら飲むという昼も夜もお構いなしの生活でしたから… 

プログラム開始 

何日か経って、ちょっとずつご飯も食べられるようになるといよいよ治療開始です。 

治療プログラムは病院によってはスポーツや陶芸など、リハビリ的なものもありましたが、主には集団ミーティングです。 

集団ミーティングなんて効果あるの?と思われがちですが、意外と効果がありました。 

集団ミーティングでは「自身の体験談」や、「退院してからの意気込み」等、その日のテーマに沿って順番に話していきます。 

ルールは人が話している時は黙って聞く、自分が話す時は合いの手なしで喋り続ける。です。そうなるとこの雰囲気の中、ウケを狙いに走る輩が数人は現れます。おめんもその内の一人です。 

おめんのやる気スイッチ 

さぁ、おっさんとおめんのどちらが笑いを取れるか、バチバチの戦いが始まります。 

基本そういう場ではありませんが、おめんはそれが楽しく思えました。 

おっさんとおめんがウケたかスベッたかはさておき、「何事も楽しく」と言う気持ちが芽生えたのはここからでした。 

もちろんそればかりではなく、ミーティングでは真剣にも話します。自分の過去を、自分の言葉で話すことにより、考えを整理したり時には自分はこんな事を考えていたんだ。ということに気づきます。自分を客観的に見ることで、改善点にも気づけます。 

ちなみにおめんの改善点は誰からも嫌われたくない万人から好かれたいという想いが強すぎて、嫌いな奴からも好かれようとしていたとこです。 

そんなの無理だし、おめんは嫌いな奴いっぱいいます。そいつらからも好かれようとするなんて神経すり減ります。 

まだ、完璧に考え方を変えれたわけではありませんが、徐々に意識して、「無理して好かれなくてもいいや」と考えるようにしたら、むしろ嫌いな奴のことをそう嫌いでもなくなってきました。 

問題があるのは周囲じゃなくておめんでした。それに気づいたら後は自分を変えるだけです。かなり難しいことですが、他の人を変えるよりよっぽど楽かも知れません。 

それに気づけたのはかなりの収穫ですが、おめんにとっての一番は友達ができた事です。アルコール依存症であるということを隠さなくていい、素のおめんを知ってくれる友達です。 

素のおめんって何なんだ⁉ワードがなんかこうややこしいですが、最初から病気をさらけ出した状態で仲良くなる友人というのはとても嬉しい存在です。 

退院した今でも仲良くしてもらっていますし、顔を合わせた時楽しく笑っていたい。そういう思いが、今おめんが酒を止めている一番の理由です。 

こっそりお酒を飲んでいたら、後ろめたくてせっかく楽しい時間が不自然になってしまいますしね。 

とはいえ、おめんが入院してお酒より友人の方が大事だと思い始めたのは初入院から5年たってです。 

もちろん大事にはしていたのですが、それよりお酒への依存が勝ってしまっていました。隠すためにせっかくできた友人に嘘もつきました 

しかし、友人たちは笑って許してくれました。彼らも同じ苦しみを知ってくれているからです。 

おめんは時間はかかりましたが、だんだんと皆を裏切りたくないという気持ちが強くなりました。皆から嫌われたくない、もちろんありましたが、それというより人を騙している自分に嫌気がさしたからです。 

恐らく一人で考えていてもこういった成長はできなかったでしょう。 

このような、一から人間関係を築くきっかけを与えてもらえることがおめんにとっての一番治療となりました。 

治療プログラム以外の過ごし方 

ゆっくりする時間ももちろんあります。一人で自分と向き合う時間を作るもよし、本を読むもよしです。最初入院したところは比較的ゆるい病院だったので友達と散歩も買い物も出来ました。 

病院では時には一人で過ごし、交流もたくさんして自分のペースで回復していきます。 

大まかな入院の話はこのくらいです。 

とにかく、すべての時間が飲み続けていた時と真逆の時間でした。 

入院期間はそんな酒のない生活を過ごし、この先もこの状態を続けて生きたいと思えるようにするまでの、言わば準備期間であったと思います。 

退院後 

そして、退院してからが本番です。病院以外でも病院で行っていた集団ミーティングがあります。自助グループと言います。 

今度は自分の足でその会場に向かいます。緊張はしますが、入院中に知り合った人ももちろんいますし、初めましての人もいます。 

おめんが向かった場所には入院中に、バチバチにお笑いバトルを繰り広げたおっさん本人がいましたし、それと似たり寄ったりのおっさんもまだまだいたのでした。 

退院後後は自助グループに通ったり、デイサービスがあったりアルコールを止める施設に通ったりなど選択肢はたくさんです。 

大切なことは、たくさんの選択肢の中自分で決めると言うことです。その話とおめんが何度も入院する話はいずれまた… 

まとめ 

今回の話をまとめると 

  • おめんの治療は仕方なくの入院から始まった。 
  • 強制的に酒を抜いたら思ったより元気に。 
  • 友達が出来てそれが支えに。 
  • 退院してからが本番 
  • その後何度も断酒は失敗するも治療に繋がっていたため再出発もできた。 

と、こんな感じです! 

依存症は孤独の病と言われています。プレッシャーを感じやすく、自分に自信が持てないけど頑張り屋さんなため、無理をして病気になっていく人が多いです。 

そんな中、病名が病名なので隠したがり、自身でも認めきれずまたさらに孤独になっていきます。 

大事なのは一人にならない事、お互い支え合えるような仲間を作ることです。 

もちろん絶対入院しなければそれができないというわけではありません。入院しないで自助グループやデイケアに繋がる人もいますし、今の時代だからSNSでもネット自助会なるものがあるそうです! 

今回は一番手っ取り早くて確実で、おめん自身が体験したことなので今回は入院を推させていただきました。 

誰かに自分を知ってもらうことだけでも、この病気は大きく回復します。 

「自分を知ってもらうだなんて、おめんつけてる奴がなんだ偉そうに!」と言われるかもしれませんが、あなたはザ・グレート・サスケにも同じ口が叩けますか? 

 

 

 

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